09月19日(土) 【無的って、なんだろう】
私には、**「無的(むまと)」**という雅号があります。
これは、自分でつけたものではありません。
師匠につけていただいた雅号です。
師匠が大切にされていた「無的」という言葉から、この二文字をいただきました。
以来、ずっと使ってきたのですが…… 考えてみれば、 「無的って、どういう意味?」 と聞かれた時、私はうまく説明できません(笑)
そこで改めて、「無的」という言葉を考えてみました。 文字どおりなら、 「的が無い」。
でも、目標を持たずに生きる、という意味ではないように思います。
私たちは、知らず知らずのうちに、人生にいろいろな「的」をつくっています。 願いが叶えば、おかげ。
商売がうまくいけば、おかげ。
元気でいられたら、おかげ。
「こうなったらありがたい」 「こうなれば幸せ」 そんな「的」を、いつの間にか自分で決めています。
でも人生は、なかなかその的どおりにはいきません。
思いもしなかったことが起きたり、願っていた方向とは違うところへ進んだりします。
そんな時、 「的が外れた」 と思うのか。
それとも、 「ここから何をいただけるのだろう」 と思うのか。
「無的」。 的が無いということは、逆に言えば、 目の前に起こってくること、すべてが的になる。 ということなのかもしれません。
嬉しいことも。 困ったことも。 人との出会いも。 思いどおりにならなかったことも。
そこから何をいただくのか。
何に気づかせてもらうのか。
そして、それをどう生かしていくのか。 そう考えてみると、ずっと使ってきた「無的」という二文字が、今までとは少し違って見えてきました。
師匠は、この二文字にどんな思いを込めてくださったのでしょう。
今になって、少しずつ、その意味を教えてもらっているような気がします。
思いどおりになった今日も、おかげ。
思いどおりにならなかった今日も、またおかげ。
そんな生き方ができたなら。

